我々は、細胞移植のドナー細胞として肝幹細胞や肝前駆細胞が適しているか検討してきた。ガラクトサミン投与による急性障害肝臓から分離したThy1陽性細胞を肝幹細胞、CD44陽性細胞を肝前駆細胞としてRetrorsine/PHモデルラット肝臓に移植し、生着率・置換率を成熟肝細胞移植と比較検討した。Thy1陽性細胞では生着率・置換率共に極めて低く、移植2ヶ月後にはほぼ消失する。CD44陽性細胞の場合は、成熟肝細胞よりは低いが置換効率は高く1年後も生着している細胞が多い(Kon J et al, 2009; Ichinohe N et al, 2012)。
その過程で、Thy1陽性細胞を移植したラットでは肝臓が明らかに大きくなることに気がついた(図1)。Thy1陽性細胞は移植しても肝臓内にはとどまらず、移植2日目の肝臓には極めて少数の細胞を認めるだけであるにもかかわらず、2週間後には肝臓は明らかに大きくなっていた。何故だろうか?
我々はその機序の解明を目指して研究を行った。
図1. 細胞移植したレシピエントラット肝重量とL/B比。Thy1陽性細胞を移植したラットでは、コントロールや成熟肝細胞を移植したラットより優位に肝臓が大きくなっていて、移植後60日目でコントロールと同じ大きさになる。
移植した肝臓の組織を調べると、Thy1陽性細胞を移植した肝臓ではSmall Hepatocyte-like progenitor cells (SHPCs)と呼ばれる肝前駆細胞のクラスターが明らかに増えていた(図2)。
図2. ガラクトサミン投与2日目のラット肝臓から分離したThy1陽性細胞(DPPIV+; 5×105 cells)を同系ラット肝臓(DPPIV-)に脾臓経由で移植した。2週間後の肝組織像。DPPIV染色を行い、ドナー細胞の生着を見ると成熟肝細胞(MHs)を移植した肝臓にはドナー細胞が小さな細胞集塊(→)を作り増殖しているが、Thy1陽性細胞を移植した肝臓にドナー細胞は認められない。小型肝細胞から成るSHPCs(拡大図)の数と構成細胞数をカウントした。コントロールに比較し、Thy1陽性細胞を移植した肝臓ではSHPCsの数は3倍、細胞数は2倍増えていた。
肝臓が大きくなったのは、内在性の肝前駆細胞であるSHPCsが増殖によると考えられた。SHPCs増殖促進機序を調べるために、Laser microdissection法を用いてSHPCsを単離し、遺伝子発現を網羅的に解析した。
図3. Thy1陽性細胞及びMHsを移植した肝臓に見られたSHPCsにおける増殖因子・サイトカイン受容体の遺伝子発現を網羅的に解析すると、IL17 receptor Bが顕著に発現していた。
IL17RBシグナルがSHPCの増殖に重要な働きをしていると考えられた。IL17RBのリガンドとしてIL17BとIL25がある。それぞれのサイトカインを産生している細胞を調べると、IL17Bは類洞内皮細胞が、IL25はマクロファージ(Kupffer細胞)が産生していることが分かった。
図4. Thy1陽性細胞を移植したラット肝臓から細胞を分離し、SE1抗体とCD68抗体を用いて類洞内皮細胞(SECs)とKupffer細胞をソートし、遺伝子発現を調べた。
移植したThy1陽性細胞が分泌する液性因子が類洞内皮細胞やKupffer細胞、SHPCsに作用し、IL17B, IL25, IL17RBを発現させるか検討した。液性因子としてExtracellular vesicles (EVs)を抽出し、それぞれの培養細胞に作用させた。
図5. 培養した類洞内皮細胞(SECs)及びKupffer細胞にThy1陽性細胞の培養上清から分離したEVs (Thy1-EVs)を作用させて、遺伝子発現を調べた。
図6. 培養した小型肝細胞にThy1-EVsを作用させ、IL17rbの発現とコロニーの増殖を調べた。
移植したThy1陽性細胞が分泌するEVsが内在性肝前駆細胞であるSHPCsの増殖を促進していると考えられた。
図7. Thy1-EVsをRetrorsine/PHモデルラット肝臓に投与した。Thy1-EVsを投与した肝臓のSHPCsではIL17rb発現が促進され、SHPCs数、構成細胞数も明らかに増加した。
図8. 塩化ガドリニウム(GdCl3)を投与し、Kupffer細胞の活性を抑制したラットにThy1陽性細胞を移植し、SHPCsの増殖活性を調べると、GdCl3を投与したラットではSHPCsの増殖は抑制されていた。
図9. 研究結果をイラストで示した。
この結果をまとめると、ガラクトサミンによって誘導されたThy1陽性細胞が分泌するEVsは内在性肝前駆細胞であるSHPCsの増殖を誘導する。EVsは類洞内皮細胞及びKupffer細胞、SHPCsに作用し、それぞれIL17B, IL25, IL17RBの発現を誘導する。SHPCsはIL17RBシグナルを介して増殖していることが分かった。増えたSHPCsは1ヶ月を過ぎると細胞老化に陥り、徐々に減少し2ヶ月後にはコントロールと同様の大きさの肝臓になることが分かっている。
(Ichinohe N et al. Stem Cells, 2017)
解決すべき課題
- EVsに含まれている因子の内、いずれの因子がIL17RBシグナルを誘導しているか?
- Thy1陽性細胞は様々な細胞を含んでいるが、特定のThy1陽性細胞が内在性肝前駆細胞の増殖を促進するのか?
- Kon J, Ichinohe N, Ooe H, Chen Q, Sasaki K, Mitaka T. Thy1-positive cells have bipotential ability to differentiate into hepatocytes and biliary epithelial cells in galactosamine-induced rat liver regeneration. Am J Pathol, 175(6): 2362-2371 (2009)
- Ichinohe N, Kon J, Sasaki K, Nakamura Y, Ooe H, Tanimizu N, Mitaka T. Growth ability and repopulation efficiency of transplanted hepatic stem, progenitor cells, and mature hepatocytes in retrorsine-treated rat livers. Cell Transplant, 21(1): 11-22 (2012)
- Ichinohe N, et al. Transplantation of Thy1+ cells accelerates liver regeneration by enhancing the growth of small hepatocyte-like progenitor cells via IL17RB signaling. Stem Cells, Apr; 35(4): 920-931 (2017)