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細胞移植による肝細胞置換

肝幹・前駆細胞は、旺盛な増殖能力やin vitroで肝細胞への分化能を持つことなどから、肝移植に代わる肝細胞移植の細胞ソースとして期待されている。しかしながら、ラットなどを用いた移植実験では、ドナー細胞として幹・前駆細胞を用いた場合のレシピエント肝臓への生着率は、成熟肝細胞を用いた場合と比較して低いことが知られている。

 また正常ラット肝臓に細胞移植を行っても生着しないことが知られている。同系ラット由来の細胞であっても生着できないので免疫拒絶が起こっているわけではない。現在の所、ドナー細胞が生着し既存肝細胞と置換するためには、レシピエント肝臓の環境が重要であることが分かってきた。

ドナー細胞が生着し置換するために求められるレシピエント肝臓の環境

我々は、ドナー細胞として肝幹細胞、前駆細胞および肝細胞を用いて移植実験を行い、レシピエント肝に生着したそれぞれの細胞の分化や増殖を経時的に解析することにより、肝細胞移植に最適な幹・前駆細胞の同定や移植条件の最適化などを目指している。

(1)肝幹・前駆細胞移植
(2)放射線照射ラットへの小型肝細胞移植
(3)肝硬変ラットへの肝細胞移植
  1. Shibata C, Mizuguchi T, Kikkawa Y, Nobuoka T, Oshima H, Kawasaki H, Kawamoto M, Katsuramaki, T, Mitaka T, Hirata K. Liver repopulation and long-term function of rat small hepatocyte transplantation as an alternative cell source for hepatocyte transplantation. Liver Transplantation, 12(1), 78-87 (2006)
  2. Kon J, Ichinohe N, Ooe H, Chen Q, Sasaki K, Mitaka T. Thy1-positive cells have bipotential ability to differentiate into hepatocytes and biliary epithelial cells in galactosamine-induced rat liver regeneration. Am J Pathol, 175(6): 2362-2371 (2009)
  3. Ichinohe N, Kon J, Sasaki K, Nakamura Y, Ooe H, Tanimizu N, Mitaka T. Growth ability and repopulation efficiency of transplanted hepatic stem, progenitor cells, and mature hepatocytes in retrorsine-treated rat livers. Cell Transplant, 21(1): 11-22 (2012)
  4. Nakamura Y, Mizuguchi T*, Tanimizu N, Ooe H, Ichinohe N, Hirata K, Mitaka T. Preoperative hepatocyte transplantation prevents cirrhotic rats from receiving the fatal damage by a liver resection. Cell Transplantation, 23(10): 1243-1254 (2014)

(1)肝幹・前駆細胞移植

ドナー細胞として成熟肝細胞が最適である。成熟肝細胞を確保することは極めて困難であることを考慮すれば、増幅可能な幹・前駆細胞をドナー細胞として用いたい。
我々は、ガラクトサミン投与により肝障害を起こしたラット肝臓において、Thy1陽性肝幹細胞がCD44陽性小型肝細胞を介して成熟肝細胞に分化することを見いだした(Kon J et al. Am J Pathol, 2009)。そこでThy1陽性細胞とCD44陽性細胞をガラクトサミン投与ラット肝臓から分離し、Retrorsine/PHモデルラット肝臓に脾臓経由で移植し、生着率と置換率を計測し、成熟肝細胞移植と比較検討した。

 

図1. オーバル細胞のマーカーとしてThy1を、小型肝細胞(前駆細胞)のマーカーとしてCD44を用いた。GalN投与により肝障害を起こしたラットからThy1陽性細胞とCD44陽性細胞を分離した。二段階肝コラゲナーゼ灌流法を用いて肝臓の細胞を分離する。50xg1分間の低速遠心後、沈殿は成熟肝細胞画分として使用。上清は、50xg 5分間遠心し、沈殿を浮遊させ更に遠心を繰り返し、SH-rich画分として各抗体によるソーティングに用いる。抗Thy1、抗CD44抗体と磁気ビーズを用いたMACS法で細胞を単離する。
(Kon J et al. Am J Pathol, 2009)

 

図2. Retrorsineを2回投与したラットに2/3部分肝切除を行い、同時に脾臓にソーティングした細胞を5×100000個注射する。ドナーとしてDipeptidylpeptidase IV (DPPIV)陽性雄ラットから分離した細胞を使用し、レシピエントとして遺伝的にDPPIV遺伝子を欠損したsyngeneic Fisher344雌ラットを用いた。生着し肝細胞に分化していると毛細胆管面にDPPIVタンパク質を発現し、活性染色で赤く染まる。Thy1陽性細胞、CD44陽性細胞は生着し、肝細胞に分化することがわかった。
(Kon J et al. Am J Pathol, 2009)

 

図3. CD44陽性細胞と成熟肝細胞をRet/PHモデルラット肝臓に移植した。Thy1陽性細胞は、移植巣の数が少なく、評価が困難なため省いている。移植後2週までは、CD44陽性細胞の方が成熟肝細胞に比べて明らかに増殖速度が早い。しかしながら1ヶ月以降、徐々に成熟肝細胞由来の移植巣の方が大きくなる。60日では面積で約3倍大きい。
(Ichinohe N, et al. Cell Transplant, 2012)

 

図4. 初期移植細胞巣の形態。Thy1及びCD44陽性細胞由来の移植細胞巣では、細胞の大小不同が有り、DPPIV陽性の毛細胆管の配列に方向性が見られず、類洞がはっきりしない。一方、成熟肝細胞由来の細胞は、DPPIVの染色像に方向性が見られ、類洞に沿っている。
(Ichinohe N, et al. Cell Transplant, 2012)

 

図5. 移植巣における類洞形成の違いについて客観化を試みた。ラット類洞内皮細胞特異的抗体SE1と成熟化した肝細胞に発現する転写因子C/EBPaに対する抗体を用いて,CD44陽性細胞と成熟肝細胞由来細胞の類洞形成能を比較した。CD44陽性由来細胞巣では、細胞数が20個以下だとSE1陽性細胞は認められなかった。一方、80%以上の成熟肝細胞由来細胞巣では、SE1陽性細胞が類洞を形成していた。類洞形成が見られない細胞巣を構成する細胞にC/EBPaの発現は少なく、類洞形成が移植細胞の成熟化を促進していると考えられる。
(Ichinohe N, et al. Cell Transplant, 2012)

図6. CD44陽性細胞由来細胞巣は、移植後2ヶ月を過ぎるとその数、大きさが著減することがわかった。その原因を検討するために、細胞老化のマーカーの一つであるSenescence-associated b-galactosidase (SA-b-Gal)染色を行い,その発現をCD44陽性細胞及び成熟肝細胞由来細胞巣とで比較検討した。CD44陽性細胞由来細胞巣の約1/3は、SA-b-Gal陽性細胞が多数を占めていることがわかった。成熟肝細胞由来細胞巣では約13%であった。
(Ichinohe N, et al. Cell Transplant, 2012)

ガラクトサミン投与ラット肝臓から分離したThy1陽性細胞の中に肝幹細胞としての能力を有する細胞は少ないことが分かっている。生着効率が悪いのは絶対数が少ないことも大きいとは思われるが、生着した細胞が肝細胞策に組み込まれるためには、生着してからも分化することが必要のようである(図4)。より分化したCD44陽性細胞の場合は生着効率も置換効率も高く、一部は一年以上生着し増殖置換する。一方、Thy1細胞のほぼすべて及びCD44陽性細胞の一部は、レシピエント肝臓内で生着・増殖しても時間が経つと細胞老化を起こし、消失する。増殖可能なレシピエント肝細胞が排除していると考えられる。成熟肝細胞は完全にレシピエント肝細胞と同化し、消失することは無いことから、ドナー細胞はできるだけ成熟肝細胞に近い成熟度を有する必要がある。

  1. Kon J, Ichinohe N, Ooe H, Chen Q, Sasaki K, Mitaka T. Thy1-positive cells have bipotential ability to differentiate into hepatocytes and biliary epithelial cells in galactosamine-induced rat liver regeneration. Am J Pathol, 175(6): 2362-2371 (2009)
  2. Ichinohe N, Kon J, Sasaki K, Nakamura Y, Ooe H, Tanimizu N, Mitaka T*. Growth ability and repopulation efficiency of transplanted hepatic stem, progenitor cells, and mature hepatocytes in retrorsine-treated rat livers. Cell Transplant, 21(1): 11-22 (2012)

(2)放射線照射ラットへの小型肝細胞移植

放射線照射を受けた肝細胞は増殖能が抑制される。そのため肝細胞移植を受けると肝臓に生着し、置換することが知られている。肝切除により肝細胞増殖が促進されるとドナー細胞の増殖がより活性化され、置換効率がより向上する。成熟肝細胞を確保することは極めて困難である現状を考慮すると、幹・前駆細胞から肝細胞を誘導し、増殖させてドナー細胞数の確保を目指すことが求められる。我々が見いだした小型肝細胞は、肝前駆細胞でありin vitroで増殖させ肝細胞に分化・成熟化する。増やした小型肝細胞が成熟肝細胞と同等の置換能力を有するか放射線照射ラット肝臓に移植し比較検討した。

図 12日間培養し増殖させた小型肝細胞コロニーを脾臓経由で放射線照射ラット肝臓に移植した。DPP4陽性肝細胞が生着し既存肝細胞と置換し増生している。小型肝細胞は脾臓にも生着するが肝細胞は生着しなかった。1/20量の細胞数の小型肝細胞移植でも成熟肝細胞と同程度の置換効率があることがわかる。

肝前駆細胞を体外で増やしてもドナー細胞として使えることが分かった。ヒト小型肝細胞を分離培養し、増やすことでドナー細胞の確保に繋げる。

  1. Shibata C, Mizuguchi T*, Kikkawa Y, Nobuoka T, Oshima H, Kawasaki H, Kawamoto M, Katsuramaki, T, Mitaka T, Hirata K. Liver repopulation and long-term function of rat small hepatocyte transplantation as an alternative cell source for hepatocyte transplantation. Liver Transplantation, 12(1), 78-87 (2006)

(3)肝硬変ラットへの肝細胞移植

NASHにより肝機能が悪い肝癌患者に対する広域肝切除は、術後肝不全や死亡に繋がることがある。術前に肝機能を向上させた上で肝切除術を実施できれば患者の予後を改善できる。そこでNASHモデルラットを作成し、術前に肝細胞移植を行い肝機能を付加した状態で70%肝切除術を行うと生存率が向上するか検討した。
CDAA食を12週間ラットに投与し70%肝切除術(PH)を行うとほぼ全例死亡する条件で成熟肝細胞(2×107細胞)を脾臓経由で移植する。

図1 CDAA食投与期間と肝臓。投与期間が長くなるにつれ結節形成が明瞭になり、線維化、肝細胞の脂肪の貯留が顕著になる。

図2 術前に肝細胞移植を行ったラットの生存率は向上した。肝組織において、Ki67陽性細胞率が上昇し、増殖している肝細胞が優位に増加している。

図3 肝細胞移植を行っていない肝臓では肝切除後、TUNEL陽性細胞が顕著に増加するのに対して、移植された肝臓においてはアポトーシスが明らかに抑制されている。

図4 肝細胞移植を受けたラットの6ヶ月後の肝臓と脾臓の組織像。移植した脾臓にも肝細胞は生着し、肝臓ではドナー細胞が増生し既存の肝細胞と置換していた。線維化は明らかに減少していた。

実臨床において肝細胞の術前移植というのは現実的ではない。しかしながら、ドナー肝細胞は手術時にはほとんど肝臓内に見られなかったことから肝細胞そのものが、レシピエントラットの生存を高めたとは考えにくい。ドナー細胞が分泌する何らかの因子が既存肝細胞のストレス耐性を向上させ、増殖活性を誘導したことが推測される。本実験結果を踏まえて、ドナー細胞が分泌する物質を同定することにより薬として開発できれば、肝機能の低下した肝臓の、より安全に広範囲の切除を可能にすることになる。

  1. Nakamura Y, Mizuguchi T, Tanimizu N, Ooe H, Ichinohe N, Hirata K, Mitaka T. Preoperative hepatocyte transplantation prevents cirrhotic rats from receiving the fatal damage by a liver resection. Cell Transplantation, 23(10): 1243-1254 (2014)